からだにいいこと こころにいいこと

からだにいい美味しいもの、こころにいいお話、いろいろ書いていきたいです。どうぞよろしくお願いします。

見守ってくれているな。

 


私の両親は、母が、2007年に

父が、2011年に亡くなりましたが、

 

それぞれのお見送りの時期に

特別な思い出があります。

 

母が亡くなったとき、
私は、ちょうど、ある仕事をプロデュースをしていました。

 

舞台だったのですが、リハーサル中で、

私がプロデューサーだったこともあり、

母のこと、

姉とヘルパーの方々にお願いしっぱなしのような

そんな状況でした。

 

リハーサル中のある日の夜中に、

母が入院していた病院から電話がかかってきて

容体が急変したので、急いできてください。

とのことでした。

 

病院は、歩いて15分くらいで行ける距離でしたので、

急いで駆け付ようと、支度をしていたとき、

就寝中だった父が異変に気付いて起きてきて

出かけようとしているわたしに

「一緒に行こうか」と言ってくれたのを

わたしは、父も高齢で、持病もあったことや

夜中だったこともあって、

「とりあえず、私が一人で行って、

    様子を見て電話をする。」

と言い置いて

私一人ででかけました。

 

母は、それより4年前に、

脳出血で要介護5の体となってしまいましたが

いつも意識もしっかりとしていて、

父のこと、姉のこと、私のこと、

心にかけてくれて、気管切開をしていましたので、

あまり声は出ませんでしたが、いつも口の動きで、

何かにつけて、必ず、「ありがとう」と

言ってくれていました。

 

病院に駆けつけると、

母の意識はもうなくて、機械につながれて

時間の問題という状況でした。

 

家に電話をして、すぐ来てほしい。と、

父に言いました。

そして、千葉に住む姉にも電話をかけて

「母が待っているからすぐ来てほしい」と

話しました。

 

ほどなく父が病院に来ました。

母の傍らに父が腰かけたくらいから後のことは

あまり覚えていないのですが、

 

姉がなかなか来ないので、

「まだ?母が待っているんだから早く来て」と

何度も電話をかけたことはよく覚えています。

 

姉夫婦が到着するまで

千葉から世田谷まででしたので、

何時間かかかったのですが、

母は、姉が到着するのをずっと待ってくれていたんだと思います。

姉が到着してから逝きました。

 

葬儀の思い出もいろいろありますが、

 

そうこうしている中にも、

私の仕事もなんとか終えることができ

 

ある日、

いろいろお世話になった方々に取り急ぎ

お礼のメールを送るべく

パソコンに向かい文面を打っていました。

 

振り付けをしてくださった先生へのメールを打っていました時、

ふっと、送信者のところに目が行きました。

すると、思いもよらず、

母の名前になっていたのです。

 

アドレスも、
母のものになっていました。

 

私のパソコンから、

母のメールアドレスを、母も私も使ったことはなく、

銀行への何かの手続き上のことで、

母のメールアドレスを設定したものを

私のメールソフトに保管してあったのです。


最初は、驚いて、

「え?」と見直しましたが、

やはり、母のメールアドレスで、母の名前。

 

なんで?と

そのときは、信じられない気持ちでいましたが

何日も、そのことを考えていたのですが、

 

私が、仕事でお世話になった方へ

 「この度は、娘が大変お世話になりました。

       本当にありがとうございました。」と、

言ってくれようとしていたんだな。

と気づきました。


母は、見守ってくれている。

母も父も、見守ってくれている。


いつも、そう思っています。


母を思うとき、
よくこのことも思い出します。

 


そして、


ありがとう。


と思います。